イラン:偽ニュースNHKが就活大学生を洗脳

2020年1月20日

たまたま検索してみて、こんな記事を見つけてしまいました。イラン問題が喧伝される中、にわかにイランの歴史等について勉強した不肖私ですが、NHKが何も知らない若い人達に印象操作を行い、誘導していく手口について解説してみましょう。

目指せ!時事問題マスター アメリカ vs. イラン(1) なぜ対立するの?

誘導したいという意図が見え見えで、笑えるほどです。このNHK国際部の禰津デスクというのは、おそらく池上彰の後釜を狙っているのでしょう。ですから、アメリカ様に非常に都合の良い解説をしているのだと思います。

まず、トランプとオバマが云々の話はどうでもいいので省略です。で、この禰津デスクが「歴史をさかのぼって説明」するところがここですね。

 

その昔は「親米の王朝」だったんだそうです、笑えますね。歴史を遡ると親米で、この新米政権を利用して米は原油利権を確保しようとしたが、イラン・イスラム革命で倒されたんだそうです。

で、この禰津デスク、「親米の王朝」になった理由は一切触れてません。実は、イランは100年以上も前に民主主義を確立し、1951年に民主主義的選挙によって選ばれたモサデック首相が、それ以前に英国のまさに植民地として石油を盗まれていたのを改革したんですが、1953年に米CIAによるクーデターによって倒され、「親米の王朝」つまり傀儡政権になった、というのは一切無視してます。

結局のところ、イラン人としては「盗まれていた石油をモサデックが取り戻したが、それを許さない米英によって1953年にクーデターを起こされ、1979年に革命が起こるまで盗まれたままだった」んですけどね。禰津デスクにとっては「親米の王朝だった」という点だけが大事なので、一切言及しません。

さらに、この「親米の王朝」というのは、もちろん独裁・専制体制でして、歯向かうものはどんどん粛清したんですが、これを担っていたのがイスラエルのモサドなんですねぇ。。。彼の言う「親米の王朝」なるものは、恐怖政治を敷いていい思いをしつつ石油を西側に盗ませていた政権なんですが、ここんとこどう思うんでしょうか?

で、この禰津デスク、「ものすごく極端に例えると、日本が反米国家になるみたいな」と言ってますが、いや、言い得て妙ですね。たしかに、現在の「親米の日本政府」というのは、米の言いなりであって、日本を植民地として日本人から搾取するための傀儡政府でしかありませんからして、これは当てはまりますよね!ついでに、親米のNHK、いやいや米の奴隷の反日放送局NHKにも当てはまりますか。

で、なぜか次に米大使館占拠事件を取り上げてますが。。。

不思議なことに、なぜイラン人が米大使館を占拠したのか、その理由は一切語られません。その結果、「米国人が」イランに不信感を持ったという部分のみが語られていますね。はて、なぜイラン人はわざわざ国際法を破って米大使館を占拠したのでしょうか?

1979年の革命で、それ以前に恐怖政治を敷いていたパフラヴィー皇帝が逃げたのですが、彼が米国に入国を許されたために、これに反発する学生達が米大使館を占拠したわけです。結局のところ、それほどイラン人が1953年のモサデックに対するクーデターとその後のパフラヴィー皇帝による恐怖政治を憤っていたという証でしかないわけですね。

ところが、こういった事情を一切ご存知無い禰津デスクは、こんなこと言い放ってますよ。

アメリカ国民には、これをきっかけに、イラン不信が根付いたと言える。イランは、とんでもないことをする国だっていうイメージがあるんだよね。

なぜイラン人がこんなことをしたのか、その理由は一切説明せずに、「米国民のイラン不信」はしっかり説明してますね。一体全体どういうことなのでしょうか???

で、この後、禰津デスクはさらに自分勝手な論理を振りかざして、一方的な見解を学生達に吹き込んでいきますが、解説するのが面倒なので読んでください。ただ一点だけ、この禰津デスクの奴隷ぶり、NHKの奴隷ぶりを見事に表してるのがここですよね。

「アメリカを取るか、イランを取るか」と迫られたら、それは、日本も含めて各国は、アメリカを取らざるを得ないよね。

この根拠について何の説明も無いんですけど。それまで説明してきたことの論理的帰結のつもりなのでしょうか?一切合切何も知らない坊っちゃんが、一方的な見解を繰り返したあげくにその結論としては「日本も含めて各国は、アメリカを取らざるを得ないよね。」なんだそうです。お笑い草ですよね。

以上の歴史的事実については、結構Wikipediaに本当のことが書いてあるようなのでご参照くださいね。特に民主主義的に選出されたモサデック首相が、ほぼ植民地化されていた石油の利権を英国から取り上げようとしたが、CIAにクーデターを起こされ、その後パフラヴィー皇帝によって恐怖政治が敷かれたが、1979年に革命が起こったという点は誰も否定できない事実のようなんですが、この禰津デスクは知らないか、全く興味が無いようです。

モハンマド・モサッデク

1953年のイランのクーデター 

イラン革命

イランアメリカ大使館人質事件

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Posted by ysugimura